西馬音内盆踊りの妖しい魅力。 2017年はいつ開催?見どころは?

西馬音内盆踊り

 

日本三大盆踊りに数えられている「西馬音内(にしもない)盆踊り」。

秋田県羽後町の行事で、編笠を深くかぶり顔が見えない状態の女性が、ひとりひとり柄の違う衣装を着て、お囃子に合わせて優美で妖艶な踊りを披露してくれる、秋田が誇る国の重要無形文化財です。

篝火に照らされて街中を踊る踊り手さんは、まるで異世界からの旅人のよう。

盆踊りとは亡者も生者も混じり合って踊っている、という言い伝えが現実のものではないか? と思ってしまうほど幽玄で厳かです。

そんな西馬音内盆踊りの開催日やアクセス情報、見どころなどを紹介しちゃいます。

開催日・時間

西馬音内盆踊りは毎年8月16日から8月18日に開催されます。

2017年も8月16日(水)から8月18日(金)に開催される見込みです。

開催時間は、
8月16日(水)19:00〜23:00
8月17日(木)19:00〜23:00
8月18日(金)19:00〜23:30
の予定です。

場所は羽後町西馬音内字本町地内(本町通り)での開催ですが、荒天の場合は羽後町総合体育館での開催になります。

 

最寄り駅・アクセス情報

電車での場合、JR湯沢駅より羽後交通バスにて約30分「JA西馬音内」で下車です。

車での場合、秋田自動車道湯沢ICより約10分。

また、以下の場所に臨時駐車場が設けられます。

西馬音内地区には電車が通ってませんので、車での来場がおすすめです。

駐車場の開放時間は13:00〜となっていますので、早めに確保した方がよさそうです。

町役場(450台)有料
羽後町商工会裏(50台)有料
羽後中学校駐車場(100台)有料
西馬音内小学校(70台)有料
ホッケー場駐車場(170台)有料
総合体育館(バス専用)有料
五輪坂スポーツガーデン(100台)無料

どこも1台1000円ほどかかります。

五輪坂スポーツガーデンは無料ですが、会場までかなり歩きます。

会場は各日14:00〜24:00、周辺は18:00〜24:00まで交通規制が行われるので、渋滞必至です。

 

有料観覧席

羽後町観光物産協会のウェブサイトに申し込み方法がありますので、チェックしてみてください。

基本的に6月の初旬から、往復はがきでの申し込みとなります。

http://ugo.main.jp/bonodori/moushikomi.html

見どころや楽しみ方

まず楽しんで欲しいのが、その衣装。

編笠や彦三頭巾などを被り、踊り手の顔は見えません。

そして編笠をかぶった方が来ているのが「端縫い衣装」と呼ばれるもの。

かつては「接ぎ(ばぎ)衣装と言われ、大小のいくつもの綺麗な絹布をはぎ合わせて作られていて、ひとつとして同じものがないそうです。

彦三頭巾をかぶっている方は未成年が多く、そちらは藍の手しぼりの衣装を着ています。

こちらは亡者を表しています。

履物は白い足袋に紅白の緒のついた草履を履きます。

まだ藁草履だった頃は鼻緒が切れたり、擦り切れてしまったことも多く、予備を腰に挟み込んで踊っていたそうです。

現在は裏にゴムを貼ったものがあるので、二年間は保つのだとか。

この妖艶で美しい衣装を身にまとい、踊るのが「音頭」「がんけ」です。

音頭は野性的なお囃子とともに、手振りと足さばきを流麗に行う静かで優雅な踊りです。

笛の音色と優美な踊りで、まるで異界に迷い込んだかのような幻想的な踊りを見せてくれます。

そして「がんけ」は鎮魂の踊りです。

亡くなった人の魂を慰めるように踊られる「がんけ」は、回転する振り付けに浴衣の袂をもったしなりなど、より神秘的です。

編笠や彦三頭巾などで顔が見えないせいか、男性も踊り手の中にはいます。

もちろん観覧者も参加することができるのですが、ここで地元の人とそうでない人を見分けるポイントがあります。

それは手指のしなり。

地元の人は見事に指のしなりが美しいのですが、やはりこれは幼い頃から踊っているたまものでしょう。

別の地方から参加した人間はそれをどう表現するかというと、一度手のひらを握ってそれから開く、という動きで対応しています。

足さばきも見事なものです。

優雅で軽やかにあの舞を3時間以上、3日間も踊りつつけるのですからこれは「体力」だけの問題ではありません。

深い郷土愛がないとできないでしょう。

持って生まれた伝統を末長く守り続けていただきたいですね。

 

由来

西馬音内盆踊りの起源などについては記録されたものがまったくなく、全て言い伝えによるものになっています。

正応年間(1286〜93年)に源親という修行僧が、蔵王権現を現在の西馬音内御岳神社に勧請し、ここの境内で法然祈願として踊らせたものがルーツという説があります。

そして慶長6年(1601年)西馬音内城主小野寺茂道一族が滅び、地元に根付いていた遺臣たちが君主を忍び、旧盆の16日〜20日までの5日間、宝泉寺(西馬音内寺町)境内で行われていた亡者踊りと合流しました。

そして天明年間(1781=1789年)に現在の本町通りに写り、現在まで伝えられています。

大正の時代、いよいよ盛んになった盆踊りに対して、警察当局から「風俗を乱すもの」として弾圧もされていたようです。

町の人々の抗議もらちが明かず、一時「西馬音内盆踊り」は衰退の危機にありました。

しかし、住民の間では盆踊りの復興を強く望む声があり、地主の中にも私財を投げ出しこの危機に立ち向かった方がいるようで、数年後元の通りに盛んになった、と残されています。

 

夏の夜、妖艶な踊りの町に迷い込んだら

そもそも盆踊りとは「鎮魂の儀」とも言われています。

西馬音内盆踊りはその色が濃く、顔を隠しているところからもわかるとおり、亡者がまぎれていてもなんら不自然ではないですよね。

むしろ必然? かもしれません。

有料観覧席もあるので、この眩惑的な踊りを見たくなったら是非足を運んで見てください。

観光で食べる名物の「冷やがけ」そばはとっても美味しいですよ!

道の駅「羽後町 端縫いの里」でも食べられるのですが、こちらは大変評判のいい「弥助そば」というお店が、一から教えたお店です。

本場の味が堪能できますので、ちょっと小腹が空いた時に是非食べて見てくださいね。







西馬音内盆踊り