数珠のマナー 種類と宗派ごとの持ち方・使い方を知っておこう!

数珠のマナー

 

法事の時に必ず必要なのが数珠。

生きていると何度かお寺に行く機会もありますが、数珠が宗派によって違うことや、珠の数に意味があることはご存知でしたか?

知っているようで実はよく知らない「数珠」、徹底解剖してしまいますよ!

いまさらながら数珠って何?

数珠は「ずず」「お念珠」とも言い、ブレスレットのように穴が貫通した小さい珠に糸を通して輪っかにした仏教の法具です。

珠の数は108珠が基本ですが、これは各宗派の本式数珠でのことで、どの宗派でも使用できる「略式数珠」には数に決まりがありません。

「本式数珠」とは、各宗派の正統な数珠です。

「略式数珠」は「八宗用数珠」とも言われ、日蓮宗以外の全ての宗派で使用することができます。

起源は諸説ありますが、古代インドのバラモン教で用いられていた道具が原型、という説が有力です。

それをブッダが使用し、中国に伝わり、仏教伝来とともに飛鳥時代に日本に伝わったとされています。

 

数珠玉の色や数に意味はあるの?

仏教とは108という数が重要で、煩悩の数などと言われています。

そのため、数珠の各部分の数にも意味のある数を使用しています。

本式数珠では108珠を基本として、108、54、42、27、21、14のものが使用されています。

これらの数字は百八煩悩あるいは金剛界百八尊、五十四位、四十二位、十八学と九無学、二十七聖賢、二十一位、観音十四無畏などを主張していると言われます。

一番大きい珠を「親珠(おやだま)」もしくは「母珠(もしゅ)」と呼び、輪っかを形成する珠を「主珠(おもだま)」と呼びます。

また、主珠の間に挟まれている、やや小さめの四つの珠のことを「四天珠(してんだま)」と呼びます。

房の部分には「弟子珠(でしだま)」もしくは「記子(きこ)」、「浄名(じょうみょう)」、「つゆ」、「副珠」とよばれるものがついています。

すべて仏教に基づいたネーミングです。

例えば「四天珠」は「四天王」などと呼ばれる仏法を守護する四体の神様からですし、「浄名」とは「維摩(ゆいま)」のことで、維摩経という経文の中に設定された架空の人物のことです。

調べてみると、どこまでも広がりを見せ、興味が尽きません。

色は宗派や宗旨によって決まりがありますので、参拝する先の決まり事を調べた方が良いでしょう。

通販などで象牙の白やローズクォーツのピンク、ラピスラズリなどを使用したパワーストーン的な数珠も買えますので、こだわりのない方はこちらを買うのもおすすめです。

ただし女性用と男性用がわかれていますので、注意しましょう。

突然の法事の時は略式数珠でも十分です。

 

宗派によって持ち方は変わる?

本式数珠の持ち方ですが、真言宗では両手の中指にかけ、親玉を上に、二重にして房を握るように手に持ちます。

浄土真宗は親玉を上に、親指で挟むようにして両手にかけ、房を左側に垂らします。

日蓮宗は真言宗と似ていますが、中指にかけるときにひとひねり加えて八の字にして合掌します。

浄土宗は浄土真宗と似ていますが、房は手のひらの間から下におろします。

曹洞宗・臨済宗は二重にして左手にかけ、房を下におろした後、合掌します。

天台宗は人差し指と中指の間に数珠をかけ、手の中に包むようにしてそのまま手を合わせます。

 

正しい使い方は?

数珠の正しい使い方ですが、基本的には経本を持っている時は左手の手首にかけておきます。

お焼香など立席しなければならない時には左手で持ち、房が下に垂れるように持ちます。

合掌する時には左手の親指と人差し指の間にかけるか、前述の宗派によっての持ち方で合掌します。

人から借りるのはマナー違反なので、ひとつ自分のものを持っておくといいでしょう。

 

仏教とは「楽」をするのを発明したがり?

念仏を唱えると浄土に行ける、というところからその数を数えるために数珠を爪繰るということがありますが、実はチベット仏教でも似たようなものがあります。

それは「マニ車(まにぐるま)」。

「転経器(てんきょうき)」ともいい、円筒型のものの側面にマントラ(真言)が刻まれていて、内部にロール状にした経文が収められているものです。

これを回転させると、回転させた数だけお経を唱えるのと同じ功徳があるとされています。

現世利益ばかりが仏教の本質ではないのですが、楽をしたい、平等に認められたい(この方法なら声が出ない人でもできますからね)という気持ちはどの国に行っても変わらないようです。

日本では浄土真宗が流行った理由に、「念仏を唱えれば極楽浄土に行ける」という当時では画期的な「楽」な方法を広めたからだと言われています。

古代インドでも、現在上座部仏教と呼ばれている肉体的に修行をして厳しい苦行ののちに悟りを開く、というものを釈迦が変え、大乗仏教という、「苦行をしなくても悟りを得られる」という教えを開発しました。

そう考えると、「楽」で「わかりやすい」という方法は、仏教が始まって以来ずっと模索されてきたテーマなのかもしれません。

となると、そのうち本式数珠よりも略式数珠が一般的になるのかもしれませんね。







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